九州暴力団「浪川会」「道仁会」の両トップが引退 「退いても枕を高くして寝ることはできない」元福岡県警刑事部長・尾上芳信氏が忠告

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福岡の指定暴力団の幹部が、相次いで引退届を出している。その背景には、福岡県警による「頂上作戦」で、特定危険指定暴力団「工藤会」が壊滅状態になったことが考えられる。 工藤会では2014年9月、野村悟総裁ら幹部が逮捕された。野村総裁は一審で死刑判決が出るも、控訴審で無期懲役となっている。2008年に1210人だった工藤会の勢力は、福岡県暴力団排除条例の施行や、特定危険指定暴力団への指定、頂上作戦などの結果、2023年現在は240人にまで減少している。 元福岡県警の刑事部長で、頂上作戦を指揮した福岡県暴力追放運動推進センター(暴追センター)の尾上芳信氏は「240人のうち半数以上は収監中」だと話す。しかし元工藤会幹部で、現在はうどん店「元祖 京家」店主の中本隆氏は「暴力団はなくならない」とABEMA的ニュースショーの取材に話していた。 そんな中、工藤会と同じ福岡県内の“暴力団トップ”が突如引退した。指定暴力団「浪川会」の浪川政浩総裁(68)が、福岡県警大牟田署に引退届を提出。浪川会(九州誠道会)は、久留米市を拠点とする道仁会と、約7年間にわたり、一般人も巻き込む激しい抗争を行ってきた。 かつて三井三池炭鉱でにぎわった大牟田市で、浪川会は繁華街でも“みかじめ”を要求するなど、その勢力を誇っていた。飲食店経営者は、みかじめを断ると「前は、若党が嫌がらせしてきた」と振り返る。しかし県警などが主導した暴力団排除運動(標章制度)の浸透や、2012年の暴力団対策法改正で、抗争には終止符が打たれた。 浪川会の本部跡地は現在、更地になっていて、柵が設けられている。2021年に工藤会の本部事務所が解体されたのに続き、暴追センターが浪川会の本部事務所の使用差し止めを求める訴訟を起こし、解体に合意した。現在は他の場所に移転しているという。 浪川会と長年敵対していた、道仁会の小林哲治会長も、今年5月に引退した。裏社会ジャーナリストの石原行雄氏は、相次ぐ引退表明の背景を「工藤会幹部に死刑と無期懲役の判決が出たことに、大きな影響がある」と語る。 「工藤会に対する大摘発を皮切りに、道仁会と浪川会にも同様の動きがあるのではと警戒して、けん制の意味で先手を打ち、警察に『引退します』とアピールした可能性が高い。“ヤクザ”は高齢化と弱体化が進んでいるため、内輪で抗争して消耗するよりも、互いのシノギに集中した方がいい。むしろ提携・協業して、一緒にシノギをした方が利益は大きいのではとの狙いもあっての、引退・和解はあり得る」(裏社会ジャーナリスト・石原行雄氏) 尾上氏は、引退が相次いでいる理由として、「工藤会の頂上作戦でトップが逮捕されたのを見て、『同じ轍を踏まない』と思った」ことを挙げる。加えて、命令違反をすればトップが検挙されることから、リスク回避として引退した可能性も示す。 道仁会と浪川会の抗争では、「死者が十数人出ていて、入院患者が暴力団と間違われて銃撃された事案もあった」という。その上で、両トップに対し「引退しても枕を高くして寝ることはできない」と言い放つ。「中止命令を本人にかけられないとしても、組織のトップとして抗争を指示していれば、工藤会と同様に、殺人の共同正犯で捕まえられる可能性がある」と述べた。 (『ABEMA的ニュースショー』より)

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