『食人族』の新録日本語吹替版には実力派声優陣のあんな声まで…凄まじい作り込みをガチレビュー!

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“本物の記録映像"などというハッタリの効いた宣伝文句と、串刺しにされた女性のビジュアルで1983年の正月を台無しにした『食人族』(80)。あれから40年が経っても、本作は事あるごとに世間を騒がせてきた。2016年にはクレームが入りBlu-rayの発売中止騒ぎも発生。そんなネガティブな出来事に反し、2023年にはモザイクを取っ払った4K完全無修正版が劇場公開され、異例のロングラン上映となったのは記憶に新しい。 『食人族』は問題児映画だ。頻繁に賛否を呼んでいる動物を殺して食べるシーンは、スタッフ間での揉め事が撮影時点で起こっていたし、生々しい描写のおかげで故ルッジェロ・デオダート監督は猥褻罪や殺人罪で逮捕されている(もちろん後に不起訴に)。さらにあちこちの国で公開禁止処分を食らい、未だに公開できない国もある。 しかし、公開から40年が経ったいまでも話題に上がるのは、『食人族』がおもしろい映画であるからにほかならない。熱心な海外レーベルでは今世紀初頭、早々に無修正版を発売。フォーマットが進化するたびにリマスターされ、さらにサントラCDやコメンタリーなどの特典が充実していった。ちなみに一番熱心なレーベルはGrindhouse Releasing。シルベスター・スタローンの息子、故セージ・スタローンが設立した会社だ。だがGrindhouse ReleasingからはまだUHD BDは発売されておらず、イギリスのレーベル88Filmsからリリースされているだけ。しかし、このイギリス盤は約15秒削除されており、完全版ではない。 つまり今回、日本で発売となった『食人族 -4Kリマスター 2023日本公開完全版-』(発売中)は世界初完全無修正盤UHD BDということになるのだ!ソフト制作を行ったニューラインの本作に賭ける姿勢は、デオダート監督も驚くだろうし、劇場公開を画策した故・叶井俊太郎氏も向こう側で満足な顔をしているに違いない。そして今回のUHD BDには、実力派声優陣による日本語吹替えが新録されている。『食人族』の吹替なんて作ってどうするんだ?と思っていたが、蓋を開けてビックリ。本稿では、そんな驚きが詰まった吹替版の紹介をしていこう。 ■人々を惹きつけてやまない『食人族』の魅力とは さて、この記事を読んでいる方で、『食人族』のあらすじを知らない人はいないと思うが、ざっと紹介しておこう。南米アマゾンのジャングルに生息する「食人族」のドキュメンタリー映像の撮影を試みた男女4人の撮影隊が失踪。彼らの消息を探るため、民族研究学者をはじめとする捜索隊が食人族の村を訪れたところ、白骨化した遺体とフィルムを発見する。フィルムを持ち帰って確認してみると、撮影隊がヤラセ撮影のために蛮行を働き、食人族の怒りを買い食い殺されていたことが明らかになる…といったもの。 映画は大きく3つのパートに分かれており、捜索隊がジャングルで撮影隊一行の亡骸とフィルムを発見する導入部。その後、持ち帰ったフィルム本体の映像と、その映像を検証する捜索隊たちの会話が平行して描かれる。 『食人族』が人々を惹きつけてやまないのは、各パートに独特の色を持たせているところだ。導入部では謎めいた食人族の生態と文明人の邂逅を真面目にかつ、どこかコミカルに描き、撮影隊パートでは文明人の野蛮さを徹底的に浮き彫りに、そして「特ダネだ!」と喜んでいた捜索隊が撮影隊の蛮行を明かされるにつれ、「野蛮なのは文明人なのでは?」と疑問へと行き着く。ただの下世話なホラー映画だと思って鑑賞していると、作品最後の台詞「野蛮人なのはどっちだ?」に打ちのめされてしまう、本当に魅力に満ちた作品だ。 ■実力派声優陣が『食人族』を盛り上げる! さぁ、いよいよ吹替版のお話。最後の印象深い台詞を口にするモンロー教授役は、トム・ハンクスを担当していることでなじみ深い江原正士が演じている。モンロー教授はアカデミックな視点で冷静な態度を保つが、時折見せる怒気や愛嬌になんともいえない魅力がある。そんなモンロー教授の声に江原の吹替えはピッタリだ。劇中、食人族にコンタクトを取るために全裸になり、部族の女性にからかわれる場面に魅力が凝縮されている。 とはいえ、よく仕事を受けたなあ…。モンロー教授はともかく、ギタギタにされる撮影隊の役なんて誰がやるんだよ!なんて考えていたら、撮影隊のメインカメラマン、マーク役を演じた平林剛は、自ら吹替版制作の情報を得て志願したのだという。カメラマン役ゆえに画面には出てこないものの、美声で撮影隊に始終ツッコミを入れる立ち位置だ。串刺しにされた部族の女性を前に、ヘラヘラと笑う撮影隊リーダー、アランに対し「笑うなアラン、撮ってるぞ!」と戒める名場面で魅せる声は、『チャーリーズ・エンジェル』(19)のチャーリー役とはひと味違って若々しく新鮮。 そして撮影隊の悪鬼であり、本作の悪評の権化と言える男女。アラン役をジャック・ブラックやアニメ「名探偵コナン」の小嶋元太などを担当している高木渉、フェイ役をマーゴット・ロビーやエミリー・ブラントといった押しが強い俳優の声で知られる東條加那子が担当している。この方々があんな声やこんな声で『食人族』を盛り上げるのだから必聴必見だ(なにをするかは…伏せ字になるのであえて書かないよ!)。 食人族に性器を切り取られる無残な最後を遂げる貧乏クジなジャック役には、多方面で活躍している岩河拓吾が抜擢。毎度取り沙汰されるネズミを解体するシーンで活躍するミゲル役は、高野憲太朗が臆することなく演じている。また横柄だが心強い現地ガイドのチャコは、レイ・ワイズやアンソニー・ホプキンスの吹替えでなじみ深い浦山迅だ。 ■「野蛮とはなにか?」がより浮き彫りになる吹替版 『食人族』の吹替えに、ここまでコストをかけてどうするんだ!?と思ってしまうが、作り込みが凄まじい。通常はオリジナル音声を流用してしまうような、息づかいや悲鳴、ガヤの声などもすべて吹替えており、おざなりにされがちなホラー映画の吹替版とは一線を画す仕上がりだ。 「映画はオリジナル音声が一番。吹替版に興味はない。吹替えなんて入れずにソフトの価格を抑えてほしい」という方も多数いらっしゃるだろう。しかし、そんな方にこそ本作の吹替版を観てほしい。クオリティの高さはもちろん、それぞれの演技力の高さ故、『食人族』の着地点、「野蛮とはなにか?」がより浮き彫りになることに気付いたのだ。 また、20世紀のイタリア映画は各国で吹替えられていることを前提にしているので、オリジナル音声自体が粗雑であることが多い。ルチオ・フルチ監督作品では役者自身が「どうせ吹替えられるから、数字でも数えていればいい」なんて軽口を叩いたことはよく知られたこと。『食人族』が雑な音声かというと、そうではない(はず)なのだが、母国語で映画を観る体験は重要だ。ヨーロッパ方面では字幕文化はあまりなく、吹替が主流となっていることもうなずける(識字率の問題もあるのだが、それはまた別のお話)。 吹替版『食人族』は、緑の地獄(グリーン・インフェルノ)をリアルにかつ、身近な存在にする重要な“バージョン"となるだろう。 文/氏家譲寿(ナマニク)

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