歴史に「もし」は禁忌だが、思わず想像したくなる。この人が戦後最大級の疑獄の当事者とならず、経営者の立場にあったら…。「ベンチャーの生き神」と尊敬を集めていただろう▼リクルートの創業者・江副浩正さん。情報誌産業を一代で大きく発展させた。値上がりが期待できる子会社の未公開株を、政治家らに譲り渡したとされる。35年前のきょう21日、衆院で証人喚問を受けた。贈賄容疑で逮捕される。「リクルート事件・江副浩正の真実」(中公新書)で刑確定までを自らつづった▼便宜を受けるため、株券を贈ったのではない―。譲れぬ一点だった。賄賂性を立証できるか。立件は困難を極めたという。東京地検は「特捜のエース」を投入する。三春町出身の宗像紀夫さんだ。言葉を荒らげず、機知に富んだやりとりで迫る。執行猶予の付く求刑を示唆されたとも記す。長びく勾留で、身も心も灰になった。江副さんは落ちる▼市井の民に突然、虎の子は飛んでこない。とすれば、やはり一線を越えた行為だったのだろう。「倫理も法のうち」。名検事の胸中には、そんな言葉が去来したか。咎[とが]めをよそに、ネット空間を自在に泳ぐ申し子にこそ伝えたい。<2023・11・21>