【紀州のドン・ファンと元妻 最期の5カ月の真実】#141 田辺市は野崎幸助さんがアプリコに約8億円を貸し付けていたとしてアプリコの破産を申し立てた。だが、その契約書は残っておらず、会社の帳簿上に記されているだけだった。 「アプリコにお金を融資しているんですよ」 生前、彼は私にそう言ったことがある。 「それは節税のためでしょ。帳簿上で数字だけが動いているだけじゃないですか」 私が笑いながら取り合わないでいると、彼は返答せずに苦笑しているだけだった。このような経緯があるから、私は帳簿を精査したり会計士から事情を聴取したりする必要があると思っていた。 破産申し立てをしたのが田辺市であることを知るマスコミはなかった。きっと幅広く商売をしていたのだから負債もかなりあって、そこから申し立てられたと勝手に思っていたのだろうが、それは全く違っている。実際は田辺市が独断でやったという事実を後に知ることになったマスコミ各社は、市へ取材を申し込んだ。ところが、である。市側は「(田辺市が破産申し立てをしたかどうかについては)何も言えません」と答えるだけだった。行政ともあろう機関が財政に関わる案件について情報を隠すこと自体が異常であり、正当な理由があるなら堂々と説明すればいいだけのことだ、というか世論から反発を受けることを怖がっているように私には思えた。遺言無効の係争中にそんなことをするのか! というのが私の怒りでもあった。 私は昨年秋に田辺市に行き、遺族を回ってFさんへの過払い金について説明をしていた。 「Fさんへの返金は双方同意していたのに、4月28日に社長の早貴被告が逮捕されてしまって、もたもたしていた時に田辺市が独自に、大きな負債もないアプリコの破産申し立てをしたんです。Fさんの抵当権を抹消しなかったアプリコの弁護士の尻ぬぐいをして抵当権を抹消し、民事裁判まで起こしてやっと解決できる矢先のこと。実はFさんは結果を見届ける前の20年暮れに亡くなってしまって、今は息子さんが引き継いでいます」 「そうでしたか。Fさんは明るくて朗らかだったのに……可哀想なことをした」 ドン・ファンの兄の豊吉さんは幼少時代にFさんの家が近かったこともあって、彼女のことを知っていた。 「そりゃあ田辺市がやっていることはむごいですね」 豊吉さんはキッパリと言った。遺言無効の裁判の結果はどうなるかは分からないが、遺族はドン・ファンの遺産を受け取る権利を有している。Fさんへの過払い金返済は遺産額が減ることを意味するが、豊吉さんも他の遺族も答えは一緒で「Fさんに返金をすべきである」というものだった。 ■債権者集会にも姿を見せず 世間には、遺族は遺産を取りたいために裁判を起こしているのだ、との誤解があるようだが、出発点はそこではない。遺言書には疑惑が多く、裏に何かありそうだから、何とか真実を知りたいという理由で提訴したことを理解して欲しい。 2021年12月23日に和歌山地裁でアプリコの債権者集会が開催されたが、そこに乗り込んだのは私と協力関係にある渥美・松永両弁護士だけだった。彼らが破産管財人に対して疑義があることを説明すると、集会は3月に延期となり、その間にアプリコの財産について調べることが決まったのである。 驚くべきことに地裁には集会の開催を申し立てした田辺市も、彼らの代理人たちも姿を見せなかった。きっと集まったマスコミから質問されるのを嫌っていたのだろうと、私は苦々しく感じていた。(つづく) (吉田隆/記者、ジャーナリスト)